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新聞配達。




みなさん、こんばんは









私は高校を卒業して、茨城県の大学に進学しました。

その大学が私立の学校です。

国立も受けましたが、残念ながら失敗。

もともと両親からは、「国立なら学費は出すけど、それ以外だったら出さない。」ときつく言われていましたので、奨学金制度を活用しました。

いろんな制度のなかで、私が選択したのが「新聞奨学生制度」でした。

新聞配達を在学中の4年間、続ければ、新聞社が学費を払ってくれるものです。

また、収入が得られる社会人になってから、新聞社に返金しなくてもよいという、学生にとっては本当にありがたい制度です。




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当時、あまり深く考えない私は「あっ、これがいい!」とすぐに申込み。

私が配属されたのは、東京の下町、寅さんで有名な柴又の近くの新聞専売所でした。


そこには、10数人の学生が配属されていて、私と同じ境遇の人ばかりでした。

正直、最初は、「新聞配達くらい、ちょろいもんでしょ!」と甘く考えていた私ですが、現実は厳しい日々いでした。

午前2時半に起床。

午前3時に新聞の山が到着して、そこから広告チラシの折り込み。

その後、自分が配達する分、200部近くを原付バイクに積み込み。

約3時間かけて配達。

マンションのようにエレベーターがある建物への新聞配達は簡単でしたが、アパート、団地のようにエレベーターがない建物は大変なものでした。

4階や5階まで階段をかけ上り、ドアの前のポストに新聞を入れる。

お宅によっては、ご主人様の出勤時間の関係もあり、朝5時まで新聞を届けないと専売所にクレームの電話が。。。もちろん、雨や雪が降った日でも関係ありません。

全ての新聞が配り終えて専売所に着くのが、だいたい6時半。

そこから、朝ご飯を食べて、その後、電車で2時間かけて大学へ。







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朝刊ばかりでなく、夕刊も配っていたので、昼一番の講義を受けたら、サークル活動を楽しむ暇もなく専売所へ戻っていました。

月末になると、自分の担当しているお客様の集金もやっていたので、一日のほとんどが「新聞配達業務」の時間に割かれていました。


そんな生活スタイルのまま、4年間が過ぎ、大学を無事卒業。

その後、地元山形に戻って就職。

今思うと、東京には「新聞配達」に行ったようなものです。

渋谷とか、池袋とか買い物に行ったはずですが、今ではその記憶がほとんど残っていません。。。。残念。







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あの厳しくて辛い毎日から、10年以上、経った今、私は一つの「確信」を持っています。


東京で過ごした4年間があったからこそ、今の自分がいるということ。

そして、あの経験をしたことで、ちょっとやそっとでは、くじけない、弱気を吐かない自分がいるということ。


そういう意味では、あの4年間は、私の長い人生のターニングポイントだったのかもしれません。









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・・・でも、もうあの時には戻りたくないなぁ。。。

(弱気な私です。)







では、みなさん、明日も楽々な日々を

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